◆待降節(アドベント)―その由来・意義・慣習について◆

 教会の一年は待降節から始まります。この期間は降誕祭(クリスマス)の準備としてあるもので、11月30日にもっとも近い主日に始まり、4つの主日を含む、短くて22日、長くて28日間あります。
 まず待降節(=アドベント、Advent)という言葉の由来ですが、これは「到来」を意味するラテン語Adventus(=アドべントゥス)から来たもので、「キリストの到来」を表します。この言葉はギリシア語の「エピファネイア(顕現)」と全く同じ意味です。「エピファネイア(顕現)」は、神殿への神の到来、あるいは支配者として就任した者が初めて(就任した場所を)公式に訪問すること、または皇帝の即位をいいあらわすものでした。
 キリスト教はこの言葉を人間世界へのキリストの到来(「肉による到来」)、そして同時にキリスト教徒が待望するキリストの再臨(ギリシア語のパルーシア)を表現するものとして用いたのです。
 ところで待降節の守り方についての最初の確実な証言は、トゥール(ツール)の司教ペルペトゥス(490年没)に由来します。彼は11月11日からクリスマスまで週三回の断食を命じました。元来、東方教会では1月6日の公現日(時には降誕日でもあった)が洗礼の日でしたが、そもそも洗礼志願者がその日に向けて断食と悔改めを実践する準備期間としてあったものが、西方教会においてクリスマス前の守り方として導入されたのです。こうして断食と悔改めの時であることから、典礼色は紫(バイオレット)を用います。この時期、グローリアは歌われません。
 アドベント・クランツの習慣は、すでにわたしたちにとって馴染み深いものです。しかしその由来にはいろいろな説があります。この習慣は思いのほか新しいもので、一説によるとドイツ国内伝道の祖と称されるJ・H・ヴィヒャーン(1808-81)が始めたものとされています。彼ははじめこれをハンブルクの子供たちの施設「ラウエス・ハウス」(粗末な家)で待降節の祈りの集いにおいて初めました。当時はクリスマスまでろうそくを毎日一本ずつ灯したようです。それが1860年以来、ベルリン・テーゲルの孤児院でなされるようになったのです。
  クランツのもみ樅の枝はクリスマスツリーを示唆する降誕日を、4本のろうそくは待降節の4回の主日を現します。古代からクランツ(ラテン語でコロナ・corona=冠)は称賛、崇敬、戴冠を表す方法でした。「待降節」にイエスさまは真の平和の王として到来されますが、このクランツはその意義を示すしるしとして、まことにふさわしいものです。